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人力車 (日本型)


人力車 (日本型)

 日本の都市圏では昭和元 (1926)年頃、地方でも昭和10 (1935) 年頃をピークに減少し、戦後、車両の払底・燃料難という事情から僅かに復活したことがあるが、現在では観光等を除き一般的な交通・運送手段としての人力車は存在しない。

 明治18 (1880) 年頃、日本型人力車はインドに導入され、最初はシムラー、20年遅れてコルカタ(=カルカッタ)に現れる。インドでは、まず中国人の運搬装置の商人が使い始めた。大正3 (1914) 年にその中国人たちが人力車を乗物として使用できるように許可を申請した。

 其後直ぐに、人力車は東南アジアの多くの大都市で見られるようになる。多くの場合、人力車の運転手は、都市に移住してきた地方労働者の最初にありつく仕事であった。

 中国では日本製の人力車が爆発的に広まり、「黄包車」の別名でも呼ばれていた。さらに国産の人力車工場が各地に建てられ、全土に人力車が広まった。上海には大小100を超える人力車工場があったとされるが、昭和24 (1949)年以降、中国を統治した中国共産党により、人力車は禁止された。

ベロタクシー (自転車型リキシャ)

平成9 (1997) 年 : ドイツ・ベルリンで開発、運行開始。
平成14 (2002) 年4月、京都市で日本最初の運行を開始、観光都市での営業も多い。