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ピアノ殺人事件

 1974(昭和49)年8月28日、階下からピアノの音が聞こえ、怒りが爆発した46歳の男が、ピアノを弾いていた長女・次女・母親を刺し殺しました。
 1975年10月20日、横浜地方裁判所小田原支部で死刑判決が下されましたが、全国から騒音被害者などによる助命嘆願活動が行われ、1976年5月、男に対して精神鑑定が実施され、1977年に死刑が最終的に確定しました。
 犯行事実に関して冤罪疑惑がない死刑囚としては2016年時点で最古参の死刑確定囚です。
 昭和40年代の高度経済成長の恩恵で暮らしが豊かになる中で、団地などの集合住宅では騒音被害が問題となっていたことから「ピアノ公害」という言葉さえ生まれていました。この事件を受け、住宅・都市整備公団(現・独立行政法人都市再生機構)は床厚を150mmに増やしました。また、アップライトピアノに弱音装置が取り付けられました。この事件以降騒音などによる事件や訴訟が頻発しており、多くの専門家はこの事件を「日本人の騒音に対する考え方が劇的に変化した事件」としています。