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歩道橋

 交通戦争とは、昭和30年代(1955年)以降交通事故死者数の水準が、日清戦争での日本側の戦死者(2年間で1万7282人)を上回る勢いで増加したことから名付けられました。
 交通事故での死者数は1970年(昭和45年)にピークに達しますがこの後減少。しかし、1980年(昭和55年)から再び増加に転じ1988年(昭和63年)に1万人を超え、第二次交通戦争とも謂われました。
 1959年(昭和34年)6月27日、愛知県清須市西枇杷島町に日本で初めての歩道橋「学童専用陸橋」(西枇杷島町横断歩道橋)が設置されました。
 歩行者に負担を強いるため、横断歩道橋を設置した交差点では、道路をそのまま横断してしまう人の数が増えるという事例もあります。それで、誰でも利用出来るエレベータ4基を十字路の各隅に設けた歩道橋が国道14号亀戸駅前に出来ました。
 最近、都市に依っては横断歩道橋の撤去が進む方向にあるらしいのです。理由は
・これまでの調査(平成23年9月、平成25年1月)において利用が少ないこと
・歩道上に横断歩道橋の階段や支柱があり、歩道の有効幅員が狭いこと
・横断歩道橋の階段や支柱が交差点部にあり、車両からの視認性が悪く危険である
・年々高齢者が増え、歩道橋の階段の昇り降りが不便となり、その下を乱横断する等、バリアフリーとなっていないこと
・老朽化が著しいこと
だそうです。