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余部鉄橋 (wikipedia)

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鉄橋下の慰霊碑

 1986年(昭和61年)12月28日13時25分頃、香住駅より浜坂駅へ回送中の客車列車(DD51形1187号機とお座敷列車「みやび」7両の計8両編成)が日本海からの最大風速約 33 m/s の突風にあおられ、客車の全車両が台車の一部を残して、橋梁中央部付近から転落しました。客車は橋梁の真下にあった水産加工工場と民家を直撃し、工場が全壊、民家が半壊しました。回送列車であったため乗客はいませんでしたが、工場の従業員だった主婦5人と列車に乗務中の車掌1人の計6人が死亡、客車内にいた日本食堂の車内販売員3人と工場の従業員3人の計6人が重傷を負いました。重量のある機関車が転落を免れたことと、民家の住民が留守だったことで、機関士と民家の住民は無事でした。しかし事故後、機関士の上司は責任を感じて自殺しました。

 この橋梁からの列車の転落は、橋の完成以来初めての惨事で、国鉄の記録では、事故の時点で風による脱線は全国で16件あり、そのうち鉄橋からの転落は3件ありましたが、鉄橋からの転落で死傷者が発生したのは、1899年(明治32年)10月7日に日本鉄道(現在の東北本線矢板駅 - 野崎駅間箒川橋梁からの客車の転落で20人が死亡45人が負傷した箒川鉄橋列車転落事故以来87年ぶりのことでした。