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どちら

どちらの言い分が通るのかな

 全15回(前期)の授業内容は「授業の進め方」で始まり、第2回は「アルファベットの書き方・読み方」、第3回が「辞書の構成・辞書の使い方」……。そして第10回目に漸く「be動詞」を学ぶ。
 数学では、「小数の計算 分数の計算」、「円の面積」……。
 ネット掲示板等では「中学に入り直した方が良い」「文科省は大学免許を取り消せ」等と批判の嵐。大手予備校に依れば同大の偏差値は40なのに「もはや測定不能」……。
http://news.livedoor.com/article/detail/5931300/ から

という意見の一方で、こんな意見も。

週刊ダイヤモンド』(2011.12.10号)の日本橋学館大学学長インタビュー

    「本学の『基礎力リテラシー』のようなリメディアル教育は現在、公表されていないだけで、難関校を含めた殆どの大学で行われている。(中略)本学は、授業の詳細を敢えて公にしている。現実の学生と向き合い、リメディアル教育(註:学力の不足する大学生に対する補習教育)に真正面から取り組む姿勢が本学の特色であり、生き残るための術だと考えるから」

 実際、そうやって手取り足取り教えつつ、国立大の大学院に進学するまでに伸ばしている。日本語の読み書きができない生徒というのは、要するに義務教育が見捨てた若者たちのことだ。小学、中学、高校と、社会が見捨て続けた人間を、「なんとかして、いっぱしの社会人にしてやろう」と泥臭いシラバスを作って公開する大学は、もうそれだけで偉いと思う。
 「公教育への介入拒否」を旗印に一切の自助努力を放棄し続ける教職員労組などは、爪の垢を煎じて飲めと言いたい。
 有名大出身であっても、「4年間しっかり勉強しました」と胸を張って言える人間が、今の社会にどれだけ居るか。単に受験時のボーナスの残りで、偉そうにしてるだけなんじゃないか?
 どうして、初等教育内容もおぼつかないような大学生が生まれてしまったのか。なぜ、日本の大学生は勉強せず、企業も大学もそれを求めて来なかったのか。みんなが知っていながら見ないふりを決め込む中で、正面から問題に取り組んでいる人達には、心からエールを送りたいと思う。
http://news.livedoor.com/article/detail/6117680/