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 1814(文化11)年、ジョージ・スチーブンソンが実用的な蒸気機関車を設計し「Blücher」(ブリュヘル号)と名付け、ウェストムーアの自宅裏の作業場で製作し、1814年7月25日に初走行に成功。時速6.4kmで坂を上り30トンの石炭を運んだ。

 1914(大正3)年から製造された8620形は、日本国有鉄道国鉄)の前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

 1919(大正8)年から製造されたC51形は幹線旅客列車用テンダー機関車。当時の狭軌鉄道では世界最大の1750mm動輪を採用、画期的な成功を収め、皮肉なことに広軌改築論への強力な反証材料となった。戦前の超特急「燕」の牽引機として、また昭和20年代までのお召し列車牽引機。

 1922(大正11)年から製造されたD50形は幹線貨物列車用テンダー機関車。動輪上重量がわずかながらD51形より大きく空転しにくく、また走行時の動揺が少なかったためもあって、機関区から寄せられた評価は非常に高く、限界領域で無理が効くとしてD51形以上の信頼を寄せられた。