中国で狂い咲くラブドール産業

 

 性産業、とくにAVや「大人のおもちゃ」といった分野では、日本は世界でも独特なポジションを築いてきた。日本のクールジャパンは、実はこうしたアダルトコンテンツにも支えられていたわけだが、昨今、その構図が崩れてきたという。ソフト戦略を重視し始めた中国共産党の進撃は、凄まじい。ノンフィクションライターの安田峰俊氏がレポートする。

 EX社は今年8月18日、中国の新興企業向け市場・新三板に、ラブドール業界では世界初となる株式上場を果たした。従業員数は130人で、約3000平方mの工場を自社で保有。1か月あたり400~800体を出荷する。各商品の価格は2980~2万3800元(約5.1万~40.5万円)ほどだ。
ラブドールとの出会いは日本留学中のことでした」。 EX社CEOの楊東岳氏はそう語る。都内の大学で電気情報学を専攻していた2005年、「代購」を手掛けたのが事業の契機だった。「オリエント工業(業界大手)の製品を購入して、クオリティに感動したんです。価格が高くても、美しいものは売れるのだと確信しました」。過去のダッチワイフには風船のようなチープな製品も多かった。だが、1990年代後半に米国でシリコン製の滑らかな肌を持つリアルドールが開発される。やがて日本のオリエント工業が少女タイプの高級ドールを発売して、話題に。2000年代後半には国内で10社近いメーカーが競合し、ファン専門誌が創刊されるほどであった。同じ東洋人だけに、日本的な「かわいい」ドールは中国人にもウケる。楊氏は26歳になった2009年から起業の下準備をはじめた。

「日本のメーカー、アルテトキオ社のドール造形師に技術指導を受けました。ドールの顔は蝋人形の製作技術を応用しています」。 高級ラブドールはシリコン製(安価モデルはポリウレタン製)で、内部に金属の骨格を持つ。ユーザーが「実用」や撮影をする際に、自在なポージングを実現させることが重要だ。「現代の中国には製造業の技術が蓄積されています。シリコンの肌質はオリエント工業に負けますが、高級モデルの金属骨格はうちのほうが上かもしれません」。また、シリコンは人肌と似た触感の肌を作れるが、比重が人体より重い。生命を持たない物体だけに、移動やメンテナンスの際は数字上の重量以上の重みを感じるとされる。「そこで20kg台までボディを軽量化しました。日本製の同サイズの製品(30kg台)より、取り回しが楽になるよう設計しています」

 工場で、まず出迎えるのは大量のボディの金型だ。さらに安価モデルの手や足(着脱式)がバラバラと棚に積まれている。一方、一体成型型の高級モデルはヘッド部だけが後付けなので、別の部屋には首のない大量の裸体がぶらぶらと吊り下げられていた。人形とはいえかなり怖い光景だ。中国では性器付近の造形もリアルに作れる。だが、「違い」はこうした点だけではない。

 中国では伝統的に男児が好まれ、一人っ子政策のもとで「産み分け」をした親も多かったために、国民の男女比は116:100(標準比は107:100程度)と極端に不均衡だ。結婚に数千万円以上の金銭負担が強いられる例も多く、伴侶がいない男性(剰男)は3000万人以上。潜在市場は大きい。中国国内で競合が少なく、日本製の輸入ドールは高価なため、EX社は質と価格の双方で優位性がある。経営陣の全員が八〇後(1980年代生まれ)の若者なので、中国国内のオタク・コスプレ系文化にも目端が効く。事実、造形の可愛さが受けて、若い女性の顧客も1割以上いるらしい。男性でも「実用」目的ではなく、写真撮影モデルとして買う人がかなり多いという。

「現在、表情や身体が人間のように可動したり、AIで会話ができるドールを研究中なのです」(楊氏)。
 研究室には本稿冒頭の会話型ドールのほかに、可動型の試作品や内部骨格ロボがいくつも置かれている。目を見開き口元を動かす首だけの女性。お辞儀をする水着の美女。その表情に不自然さや不気味さは薄い。「成人向けの『セクサロイド』のみならず、店舗の看板持ちをさせるなど宣伝ガールとしての売り出しも検討中です。実用化まで6~7割ほどは開発が進みました」

 ほか、人間を丸ごと立体コピーできる巨大3Dプリンターも準備した。社員の女性をモデルにヘッド部を作成し、それをラブドールのボディに乗せた「コピー人形」も試作済みだ。「女優やアイドルと完全に同じ顔をした、笑ったり喋ったりするアンドロイドが会社の受付嬢になれば面白いと思いませんか?」。

 将来、中国製の美少女アンドロイドが容姿を武器に世界に普及。サイバー版のハニートラップが始まる……。そんなSF的な未来が来るかもしれない。

【PROFILE】安田峰俊 1982年滋賀県生まれ。ノンフィクション作家。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。当時の専攻は中国近現代史。著書に『和僑』『境界の民』『野心 郭台銘伝』など。※SAPIO2017年11・12月号