北陸豪雪で心配事多発、義挙も

http://news.livedoor.com/article/detail/14269796/ から
■“凍死”した魚が海岸に
北海道稚内市では、流氷とともに大量の「マイワシ」が海岸に打ち上げられた。
そんな中、マイワシを選びながら袋につめる男性の姿も…。
京都大学瀬戸臨海実験所・久保田信准教授「低温で凍死ですね、完全に」

農家・安田弘貴さん「寒さの影響で表面が紫色になってきている現象と、下の方が黒くなってきて黒ずみが拡大している状態。雪がとけるのに1週間かかって、さらにそこから雪が降ってしまって凍傷でやられてしまったり、中まで腐っちゃったり」
1月に降った2度の大雪の影響で収穫量が減少。さらに、収穫できるものも色が悪いなどの理由でスーパーへの出荷には向かないため、自宅前で販売しているという。
農林水産省によると、2月半ばまでキャベツは高値で推移するが、その後、平年並みに戻るとしている。また、白菜やにんじんは2月いっぱい高値が続く見通しだという。


http://news.livedoor.com/article/detail/14269695/ から
透析患者、豪雪で家に足止め 医療スタッフの通勤難しく

2018年2月7日 18時53分 朝日新聞デジタル


 豪雪に見舞われた福井県北部では、病院に行けず、予定通り受けられない患者が出始めている。


http://news.livedoor.com/article/detail/14270227/ から
“異常低温”に要注意 室内で「低体温症」急増
2018年2月7日 17時33分 テレ朝news
“異常低温”に要注意 室内で「低体温症」急増


 異常な低温が続くなか要注意だ。屋外で発症すると思われがちな低体温症。実は、自宅など室内での発症が急増している。
ここ数年、熱中症よりも低体温症による死者数の方が多い。しかも、約7割が屋内での発症だという。街に雪が残っていた先月末。都内の病院に意識のない80代の女性が運ばれてきた。女性の体の内部の温度は26度まで下がっていた。女性は認知症の症状があり、1人暮らし。近所の人の通報で、救急搬送されたという。低体温症の患者増加の背景に浮かび上がる高齢者の孤立化。震えや寒さを感じたら室温を高くするのはもちろんのこと、手足を動かす、甘い飲み物で糖分を補給するなど体を暖かく保つための工夫が大切だ。


http://news.livedoor.com/article/detail/14269983/ から
豪雪で立ち往生の車に500人前 餃子の王将、無償で
2018年2月7日 20時2分 朝日新聞デジタル

 豪雪で車両が立ち往生している福井県坂井市では、国道8号沿いにある「餃子の王将」丸岡店が7日、ドライバーたちに無償で約500人前の料理を届けた。

 その裏には副店長の、阪神大震災の記憶があった。

 「こんなに一気に作り続けることは普段も無い。歩いて持って行くのも一苦労でしたし、疲れました」と副店長の中山幸紀さん(41)。午前に店を訪れ、急きょ炊き出しを思いついた。上司に確認すると、「どんどんやって」と快諾が得られた。

 中山さんが思い立った理由には、1995年の阪神大震災の経験がある。兵庫県川西市の「餃子の王将」多田店でアルバイトしている時だった。

 「水道も出ないのに、店長の発案で震災当日に無理やり店をあけて、ギョーザとかを出した。あの時のお客さんの顔は忘れられないんですよね。飲食をやっているなら、こういうときは人のためにやらないと」

朝日新聞デジタル

 

http://news.livedoor.com/article/detail/14270208/ から
いつ復旧? 大雪巻き込まれたトラックがパン配布も
2018年2月7日 17時53分 テレ朝news

福井県国道8号は石川県の県境から福井市の中心部まで、20数kmにわたって約1400台の車が立ち往生。ドライバーには水やお握りなどの救援物資が配布され、ガソリンや軽油も補給されているが、復旧のめどが立っていないことがドライバーを困らせている。

配送中のトラックが立ち往生していた山崎製パンがパンを無料配布する粋な計らいを見せた。福井市金沢市では国道8号以外でも立ち往生する車が続出。北陸では8日にかけて、さらに最大50cmの雪が降ると予想されている。福井県では、雪に埋もれた車内で一酸化炭素中毒になったとみられる男性が死亡。富山県では、除雪作業中の男性が用水路に転落して死亡するなど雪による死亡事故も起きている。

 

名古屋城の復元めぐり論争


https://news.biglobe.ne.jp/domestic/1124/jc_171124_5694540061.html から
名古屋城の復元めぐり論争 「史実に忠実」か「エレベーターは必要」か
11月24日(金)18時16分 J-CASTニュース

名古屋市名古屋城天守閣を江戸期の姿に木造復元することを決定したが、エレベーターが設置されないのはおかしいとし、地元の障害者団体が2017年11月21日に河村たかし市長宛てに設置を求める公開質問状を提出した。

現在の天守閣は1959年に鉄筋コンクリートで再建されたもので、屋内には23人乗りエレベーター2基があり、誰もが乗り降り出来るようになっている。それだけに新しい天守閣に登れない人が出て来るのは障害者やお年寄りなどの「排除」になる、と訴えている。

名古屋城は慶長14年(1609年)に徳川家康の命によって築城された城で、5層5階の天守閣が完成したのは1612年。1930年には城郭として初めての国宝に指定された。59年には市民の願いで二度と焼けることが無いようにと鉄筋コンクリート天守閣が再建。エレベーターは屋内、屋外に計3基設置され1階から5階まで乗り降りが可能になったが「史実に忠実」にするため、エレベーターはやめて、椅子が昇り降りする階段昇降機を1階から5階に整備する案が出た。市は有識者会議を経て11月16日にこうした方針を発表したところ反発が起きたのだ。

障害者団体「愛知障害フォーラム」は11月21日に記者会見を開き、市長あてに公開質問状を提出し「エレベーターを設置し、誰も排除しない城にしてほしい」と訴えた。24日に編集部が取材したところ、椅子が昇り降りする階段昇降機では腹筋が弱いなど現実的に乗れない人もいて、時間がかかるし安全にも疑問が残ると。「障害者差別」という言葉を使えば「権利だけを主張する」という反発を受けるため「そもそも、これまではエレベーターで移動が出来たのに、車椅子や体の衰えた老人、ベビーカーなどが『排除』される形になるため、それは可怪しいということです。しかも、これから造ろうとする建築物であり、全ての人が安心して楽しめるようになってほしいという願いからです」との要望を市はどう受け止めているのか。

観光文化交流局に話を聞くと、担当者は、「市長から障害者団体の方々の意見をよく聞くように、と指示されています」と話した。市としてはエレベーターをどうするかの結論は17年度中にはっきりさせたいと考えているという。

ネット上ではこの件について「目立たない所に設置したエレベーター以外は、忠実に作ればいいだろう。今時バリアフリーに逆行って何考えてんだ」「忠実に復元したと謳って、エレベーターがあったら観光客の笑いものになるだけ」と賛否両論が語られている。

姫路城など江戸時代からそのまま残っている城は付いていない。が姫路城に取材したところ、「エレベーターはありますか?」という問い合わせがたまに有るのだという。エレベーターがあれば便利なのは間違いなく、15年に5年をかけた天守閣の保存修理工事を完成させたけれども、工事の間は特別に仮設エレベーターを設置し車椅子でも移動できるようにしたところ大好評だった、という。但し、これはあくまで仮設として期間限定で設置したもの。本格的に設置するとすれば、それは「文化財破壊」になりかねない。

「エレベーターを設置するなど以ての外なんです。江戸時代から続く有りの侭の姫路城を見てくださいと話しております」と担当者は説明した。


見物客に占める障碍者の割合は少ないと見られるから、出来るだけ完全に原形に即した再建が望ましい。が、障碍者等への配慮として、階段を昇降出来る車椅子等の補助具や補助心得の有る職員を用意する等の対策も要る。おカネが掛かりますからねぇ・・・

テレビ離れ


テレビ離れはテレビの大きさのせいか」2017.2.25

 テレビ離れの理由を「大きさのせいだ」との匿名ブログが2月24日に投稿されて話題。21インチ型のブラウン管テレビで視聴していた時はテレビっ子を自認するほどテレビを見ていたというが、地デジ化に伴い液晶32型や55型に買い替えたところ、すっかり見なくなってしまった。
「だって疲れるんだもん。画面いっぱいに明るく光るテレビは、朝起きた後や疲れて帰ってきた後に見るには刺激が強すぎる」と主張している。

「テレビ視聴が減った代わりにスマホでの動画視聴の時間はガッツリ伸びた」と書いている。その上で「大画面テレビの真ん中に画面を小さく映すモードとか実装してくれたら良いんだけど」という要望を書いている。確かに、バラエティ番組などを大きな画面いっぱいで見続けるのは疲れる。別の人は、「画面全体を見ようとしたらある程度テレビから離れる必要があり、目が悪いから離れると見えない」と、大画面テレビへの不満を漏らしている。
 「それ、部屋のサイズとテレビのサイズが釣り合ってないだけじゃ……」とか「6畳間でクローゼットも無い家に住んでるから、テレビ置くスペースがそもそも確保できない」との意見も。
https://news.careerconnection.jp/?p=31958 から

さっぽろ雪まつり

http://www.snowfes.com/about/history.html
さっぽろ雪まつりの歴史

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雪まつりは、1950年に、地元の中・高校生が6つの雪像大通公園に設置したことを きっかけに始まりました。雪合戦、雪像展、カーニバル等を合わせて開催、5万人あまりの人出で予想以上の大人気でした。以後、札幌の冬の行事として市民に定着していくことになります。

1953年には、高さ15mの大雪像「昇天」がはじめて作られました。1955年には、自衛隊が参加し、大規模な雪像づくりに挑戦。第10回開催の1959年には雪像制作に2,500人が動員、はじめてテレビ、新聞でも紹介され、翌年からは本州からの観光客も増えて大盛況となりました。こうして、札幌の雪まつりから日本の雪まつりへと発展していきました。

 1974年はオイルショックで試練の雪まつりとなりました。雪はこびトラックのガソリンが手に入らず、

雪像の中にドラム缶を入れるなどして乗り切りました。この年から国際雪像コンクールもスタ

ートしました。

 1974年以後、瀋陽アルバータ州ミュンヘンシドニーポートランドなど札幌とつながりの深い外

国地域の雪像が制作され、国際色あふれるイベントとして発展しました。その後、第34回開催の1983年から3番目の会場として「すすきの会場」が登場し、ネオンに輝く氷像が評判を呼び、雪まつりの新たな一面を開拓するとともに、1984年から会期を2日間延長し7日間するなど、世界中の多くの人々に愛されるまつりへと成長を続けてまいりました。


ハルビン氷祭り (Wikipedia)

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『世界三大雪祭り』はさっぽろ雪まつり(Japan)、ケベック・ウィンター・カーニバル(Canada)、ハルビン氷祭り(China)である。イベント中はハルビン市内至るところに氷の彫刻が並べられるが、主な会場は太陽島公園、兆麟公園、そして氷雪大世界の市内3ヶ所である。 正式開催は1月であるが、12月末には見学が可能である。

 

ハルビン市の各地の公園を中心に氷彫刻や氷の建造物が展示され色とりどりの蛍光灯やLEDでライトアップされ、ハルビン市内の兆麒公園では国際的な氷彫刻大会も開催される。

氷雪大世界が開催される会場は松花河の河川敷で高さ40メートル程の塔を中心に大規模な建造物が展示される。氷は松花河より切り出した天然の氷を使用する。


ケベック・ウィンター・カーニバル (Wikipedia)

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元々は1894年に始まったもので、途中、2度の世界大戦や世界恐慌で中断されながらも続けられてきた。1955年に、ケベック市民の手で従来のカーニバルに手が加えられ、現在の形となった。またこの時、マスコットであるボノムが誕生した。有名なリオデジャネイロのカーニバル、ニューオーリンズマルディグラに次ぐ、世界第3位のカーニバルともいわれる。

雪のため、開催前に備品が壊れたり、期間中にも、悪天候のため様々なハプニングがあったりしながらも、現在に至るまで続けられている。マスコットのボノムは、他の国のカーニバルを訪問したり、アイスホッケーの試合の始球式(フェイスオフ)にゲストとして登場したりもしている。

マイナス30度の寒さの中、世界から50近いチームが集まって、それぞれが「自由」をテーマに雪像を製作する。

氷の遊園地や氷の城といったアトラクションもある。トナカイやバファローの肉の串焼きやスープが供されたり、メープルシロップの即売が行われたりもする。かつてはバレル・ジャンピング(樽をいくつも並べて、その上を飛び越える)もあり、かなりの観客を集めていた。

アトラクションではないが、祭の時期、ケベックシティーの近郊にアイスホテルが出来るため、祭見物の傍ら、そこを利用する観光客もいる。このホテルにはバーや礼拝堂があり、礼拝堂では結婚式も挙げられる。

堀部安兵衛

http://news.livedoor.com/article/detail/13941403/ から
堀部安兵衛、300年ぶり故郷へ 泉岳寺から分骨
2017年11月26日 0時36分 朝日新聞デジタル

 新潟・新発田生まれの赤穂四十七士堀部安兵衛の遺骨が約300年ぶりに故郷に帰ることになった。安兵衛が眠る東京・泉岳寺から分骨してもらい、新発田市の長徳寺に墓を建立する。26日には納骨式が行われる。安兵衛の功績を伝える市民団体「武庸(たけつね)会」が計画した。会長の嶋谷次郎八さん(76)は「里帰りは悲願だった。どうしても新発田に連れて帰りたかった」という。同会が4年前に100周年を迎えた頃から、分骨したいという話が持ち上がっていたという。

 安兵衛は19歳で江戸に旅立ったとされ、1703年2月、大石主税らとともに34歳で切腹した。四十七士の多くが赤穂出身のため、分骨して故郷に帰るのは珍しいという。墓が建てられる長徳寺は安兵衛の生家の中山家の菩提寺で、父の墓もある。9月には遺髪堂がある兵庫県赤穂市の花岳寺から、遺髪を埋葬した部分の土を分けてもらった。

 22日には会員らが泉岳寺を訪れ、墓の土の一部を譲り受けた。帰りには安兵衛が剣士として名を上げた「高田馬場の決闘」の現場、東京・早稲田の水稲荷神社を訪れた。長徳寺の住職、関根正隆さん(40)は「安兵衛にとって人生の転機になった場所。300年後の江戸の風景の変わりように驚いたのでは」と話す。小説などに登場する安兵衛は、最後まで故郷に思いをはせていたとされる。池波正太郎は小説「堀部安兵衛」で、切腹を前にした安兵衛について「脳裡へ電光のように閃いた一瞬の光景は、新発田の盆の花市であった」と描いた。花市は新発田市中心部で今も続いている。(岩波精)

日本最古級の貨車


http://news.livedoor.com/article/detail/13950653/ から
日本最古級の貨車、解体の危機を乗り越え“里帰り” 三重・いなべ市貨物鉄道博物館」に収蔵

2017年11月28日 9時27分 産経新聞

 明治時代に関西(かんせい)鉄道四日市工場で作られた鉄製の有蓋貨車が、三重県いなべ市大安町NPO法人貨物鉄道博物館」に収蔵された。

 茨城県関東鉄道竜ケ崎駅の車庫で長年倉庫として使われ、8月末に解体予定だったところ、「日本最古級の貴重な車両を保存したい」と強く願う人々の思いと偶然が1世紀ぶりの“里帰り”を実現した。

 同NPOの理事を務める三重県四日市市八千代台建築士、南野哲志さん(46)は、以前からこの貨車の存在に注目していたが、「いつどうなるかまでは知らなかった」。今年8月初め、市立博物館(同市安島)で開かれていた企画展「メイド・イン・ヨッカイチ」で偶然、この貨車の写真を見つけた。説明文には「8月末に解体予定」と書かれていた。

 「三重に戻すなら今だ」。NPOを通して正式に関東鉄道へ譲渡を申し出て、快諾された。NPOのスタッフが竜ケ崎駅へ調査に赴くなど奔走し9月下旬、茨城から三重へトレーラーで運ばれた。

 南野さんによると、この貨車は四日市に本社を置いた私鉄・関西鉄道の工場(現在のJR四日市駅東側付近)で明治33(1900)年に製造されたもの。車輪やブレーキ装置は失われているが、国内で現存する鉄道貨車の中では最も古い可能性があるという。

 車体には100%外国製の鋼材を使ったことを示す刻印が残っている。戦時中の金属供出を免れ、廃車後も倉庫として存続。朽ちるほどは錆びておらず輸送にも耐えた。南野さんは「昔の状態を残しつつ、どのように修復するかが課題」と話す。

 企画展で貨車が解体されることを記した四日市市立博物館の学芸員、廣瀬毅さんは「誰かが気付いてよい方向に動けばと願いを込めた。残ってよかった」と声を弾ませた。

 貨物鉄道博物館の開館は毎月第1日曜。入館無料。問い合わせは三岐鉄道内の同博物館事務局(電話 059-364-2141)へ。

氷上露天風呂

https://news.biglobe.ne.jp/domestic/0128/ym_180128_6092371412.html
「氷上露天風呂」にゆったり…北海道・然別湖
1月28日(日)20時29分 読売新聞

 北海道鹿追町然別湖で27日、毎冬恒例の「氷上露天風呂」がオープンした。
 山々に囲まれる厳寒の白銀の世界が広がる中、入浴客が熱めの湯にゆったりと浸かって温泉を楽しんだ。
 結氷した湖上に雪と氷の建物で村を作るイベント「しかりべつ湖コタン」の催しの一つ。直径約3mの浴槽が設置され、湖畔の宿から温泉を引いて露天風呂を満喫する。
 美幌町から訪れた会社員男性(40)は「湖の上で温泉に入れるなんて、贅沢な時間でした」と顔を火照らせ笑顔を見せた。露天風呂は3月21日まで楽しめる。


知床半島東海岸の根っこ、羅臼町から20km程北上した道路の行き止まりに在る相泊漁港から約1km引き返した所に「相泊温泉」が有ります。普通の砂利浜に臨時の小屋掛けをして砂利浜を少し掘り下げた丈で、野趣満点です。
20年位前ですか、知人が、定年の年の12月に免許を取り、翌年の6月に札幌起点で此温泉に往復しました。札幌を06:00に出発、其日の内に温泉を満喫して、弟子屈迄戻り一泊、翌日の夕刻、帰札しました。往復約1000km。「少々疲れた」そうです。

営業期間 :6月~9月中旬 日の出から日没まで
所在地 〒086-1806  北海道目梨郡羅臼町相泊
お問い合わせ先
羅臼町役場水産商工観光課:0153-87-2162
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