“覚醒剤の素”はパーマ液だった


エフェドリン 風邪薬 覚醒剤

http://news.livedoor.com/article/detail/14400236/
覚醒剤の素”はパーマ液だった! 末端価格5億円相当を初摘発
2018年3月7日 19時0分 週刊実話

 「有機化学の技術を悪用した“分子的密輸”に対する摘発は初めてのこと。しかし、今回の件は、これまでの取り締まり方法だけでは対応しきれないことを示した。難しい時代になりました」(厚労省OB)

 近畿厚生局麻薬取締部が容疑者(59)を覚醒剤取締法違反(製造予備など)の疑いで逮捕したと発表した。
 容疑者は昨年12月、自宅近くの機械工作工場の敷地内に止めた車内に、化学反応によって覚醒剤に変えられる液体計約14.5㎏をボトル15本に小分けにして保管。覚醒剤製造の準備をしていた疑いが持たれている。
 この液体は「t-BOCメタンフェタミン」と呼ばれ、海外ではすでに摘発逃れのために拡散しているという。押収されたペットボトルにも中国語で「足ツボ用オイル」と記されていた。
覚醒剤はこれまで、製造過程で水分を飛ばした錠剤などが作られていましたが、『t-BOCメタンフェタミン』の場合、効能は弱まるが、そのままでも飲めてしまう覚せい剤の素というべきもの。入手さえできれば、深い知識なしでも手を染めてしまう危険があるのです」(前出・厚労省OB)
 「かつて、東京・六本木では合成麻薬のMDMAの錠剤が出回ったが、今度は液体で、海外では入手経路が確立されている。東京五輪へ向け、あの手この手のカムフラージュで日本に入ってくる可能性は高い」(同)
 『t-BOCメタンフェタミン』という液体は海外ではパーマ液などに利用されているという。まさに“覚せい剤の素”だ。拡散が心配される。

http://www.tanken.com/kakusei.html から
覚醒剤止めますか? それとも人間止めますか?

メタンフェタミン
所謂「シャブ」「エス「スピード」「アイス」と呼ばれるものに相当。
1938年にドイツでメタンフェタミンが発売、日本軍もさっそく導入を決め、製薬業者に生産させ、軍用に使った(1940年にメタンフェタミンの市販開始)。
 その頃は覚醒剤の問題点(中毒性や精神障害など)は知られておらず、普通に薬局で市販され、錠剤4〜5錠飲んで徹夜するというのは割と当たり前に。
 戦後、日本では大量のストックが市場に流出し、最も宣伝された大日本製薬ヒロポン覚醒剤の代名詞となった。昭和25年に薬事法で劇薬に指定、さらに翌年に「覚醒剤取締法」が施行されたが、時すでに遅く、すでに覚醒剤はきわめて深刻に蔓延。
 覚醒剤の密輸というのは、原料となるエフェドリンを輸入することと同義だった。メタンフェタミンの原料となるエフェドリンは大昔から風邪薬に使われた麻黄の成分。

ポン中の手記より。
 昭和25年夏頃より全く発売禁止になった。私達は、血眼になってヒロポンの行方を追った。そしてやっと探し求めたのは不良品で副作用の激しい覚醒剤だった。私達は激しい副作用のために全く廃人同様になってしまった。
 50mばかり前方に普通のハイヤーが止まっているのを見て、自分を捕えに来た暴力団狩りの警官が一杯乗車しているように勘違いして2時間近くも青くなって逃げ回ったことが1度や2度ではなかった。
 横の方で自分の身内の者でも、親友でも、コソコソと喋っている事があると、自分の敵の様に思い違いしてジャックナイフや短刀等で、物も言わずに飛びかかった事等、とても正常では考えられない事ばかりだった。
 また進行中の市電の真正面に立ち止まり大騒ぎを演じてみたり、この時は幸いに親友に助けられたが、私自身は電車の横を通っているとばかり思っていた。
 まさに「人間やめますか?」な薬なわけです。やっぱり使うのは止めようね!
制作:2009年8月23日